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つのへび日記

こなやぎのブログです。2015年4月から1年間滞在した中国江蘇省・南通市のこと、手仕事、語学、短歌など。

『日本の悲劇』2012年/日本/101分

映画 感想メモ 長文


映画『日本の悲劇』予告編 - YouTube

予告編、一応貼りましたが、あえて見ずにとりあえずじかにご覧になってもよいかと思われます。(個人的には、予告編ナレーションの「なんでも「いい話」風になっちゃう感じ」が嫌で、トレイラーってちょっと苦手。反対に予告編観ただけでなんとなくお腹いっぱいになって観ずに済ます事もしょっちゅう)

 

数年前、同志社大学の小ホールでおこなわれた小林政広監督のトーク+上映イベントを観に行ったことがあって、失礼なうえ勿体ないことにその内容はほとんどあんまり憶えていないのだけど、確かその日じゅう小林監督の過去の作品を何本か上映していて、トークの本題になったその時の新作よりもむしろ、その時上映されていた他の映画にものすごく好みのものがあって、ずっとお気に入りの映画の一本として心にとどめている。

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 椎名桔平柄本明というW主演が好みだっつうだけじゃないのかと言われると、そんな気もしなくもないけれど…。

 

だから、新作が全国公開されたと聞いてものすごく楽しみにしていた。内容からすれば不謹慎なくらいわくわくして待っていた。熊本という土地柄、全国順次公開の単館系映画は待たされているうちに期待値が否応なしにどんどん上昇してしまい、結果として本人としては望まない形の失望を味わったりすることも多々あって、どうにも理不尽じゃないかと思ったりもするのだけど、このたびはもう期待をかるがる上回る作品に出会うことができて、言葉もございません。彼の脚本が好きなんだよなあ、セリフの連なりの妙がたまらないんだよなあ、ということを改めて確認しました。こんな本一生に一度だって書ければ悔いはない、みたいなものを何本も書いていて、気が狂ってしまわないんだろうか。失礼だけど、自分では無上の賛辞のつもりです。

 

失職、うつ、離婚、老親の長期入院、震災、不治の病…と、コントのようなタイミングの良さで一家を襲う悲劇の連なりはシニカルですらあり、その滑稽とも言えてしまう間の悪さがさらに妙な真実味をもって悲哀を誘う。なんだか太宰治みたいだなあと思ってしまった。ただし、も一回ひっくり返ってコメには転じないのが太宰と違うとこ。結果、巧妙なトラだった。

 

カメラはシーンごとに固定され、或るシーンをのぞく全編がモノクロで、それだけに繊細に拾われた生活音の一つ一つ…電話の音、洗濯機の音、やかんの沸く音、咀嚼音、庭を歩くじゃりっという足音、など…が殊更に際立っていた。全てモノクロの方が自分好みではあったけれど、同時に、あらゆる意味で前者のが理に適っている、とも思うので、もう本当に単なる好み。しかしいざその効果を発揮する、幸福感絶頂の回想シーンは、嫁(寺島しのぶ)目線で見るとすでに微かな齟齬が感じ取れたりもして、それがすごく恐ろしい。なぜならこの回想シーンは不二夫(仲代達也)のものであり、再生している彼にとっては一番幸せな記憶なんだけど、それが誰の目から見てもまったく公平な幸福感とは言えない棘、しかもフラグだとは明確に指摘できない様な、ごくごく些細なズレをほんとうに微量に含んでいて(そして現実というのはそういうものなのだ)、しかもそんなシーンを「(彼の)人生のピーク」としてさらっと書いちゃうという、そのことが本当に恐ろしい、と思ってしまった。だって嫁からしたら、あれはものすごい針のムシロだよきっと!

 

もし文学部風の解釈をくわえるとして、悲劇にもし一筋の光明を見出すなら、終盤の激しいシーンを乗り越えた息子が丸くなってむせび泣く場面、あの瞬間彼はあらたに生まれ直したのではないかな、などと思ってみたりもする。生まれ変わった、などという都合のいいものではなく。我ながらくさすぎる解釈だけれども。発話者のわからない電話もたびたびこちらに投げかけられているけど、過剰に物語を与える必要はないか。取られなかった電話はかすかな希望として、抽象的な位置に浮かせておきたいなと思っている。『バッシング』もそうだけど、電話は小林作品のキーなんでしょうか。

 

その家庭用電話機もそうだし、不二夫の下町言葉、(見えないけれどたぶん)ちろりでお燗をつけた晩酌、家族の定位置のあるダイニングテーブル、それらの消えゆく色々をも、悼んでいるのかな。と、エンドクレジットを見ながら思いました。時事的な社会問題のみならず、その意味でも、ある時代を麻酔なしで抉り取ったような、そんな映画だと思います。

 

もう今年の傑作映画、観ちゃったな。園監督には大変申し訳ないけれども…。


映画『地獄でなぜ悪い』予告編 - YouTube

 

『日本の悲劇』、少なくとも来週まで(~10/25)はDenkikanでやるようです。

パンフレットの監督ノートに書かれたクランクインに至るまでの(金銭的な)あれこれを読んだ今や、ひたすらに興行の成功を願ってやみません…。

映画『日本の悲劇』公式サイト