つのへび日記

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清廉でうつくしい、中国映画『胡同の理髪師(原題:剃头匠)』感想文

市役所での転入手続きも済んだので、先日さっそく市の図書館で貸出カードを作りました。
図書館のサービスはなかなか良くて、もう少し使いなれたらそのうちこれで一つ記事を書こうかなーと思っています。


総合図書館は大きくて、中に喫茶店、学習室、飲食スペースのほかミニシアターも入っていて、収蔵している映像資料・作品から月替わりでプログラムを組んだものが上映されています。

今月はアジア映画名作選ということだったので、気になる映画の上映に合わせて、貸出カードを作りに行ったというわけです。

その映画『胡同の理髪師』のあらすじはこちら。(引用:福岡市総合図書館映像ホール・シネラ 映画解説から)

93歳のチンさんは12歳の時から北京の古い街角で理髪師として働いてきた。客は馴染の老人たちだが,知り合いは次々に引っ越していく。そして近く家が取り壊されることを通知される。北京市の胡同に暮らす老人たちを丹念に描いた作品。チンさんは俳優ではなく,胡同に暮らす現役の理髪師。消えつつある街並みを哀惜を込めて描き出す。

予告編はこちら。

映画 「胡同(フートン)の理髪師」 (06 中/0802 日本公開) 予告編


この映画は上海国際映画祭でメディア大賞、インドのゴヤ国際映画祭で「金孔雀賞(映画通でないので、それがどのくらいすごい賞なのか解りかねますが…)」を受賞したということで、日本でも2008年に岩波ホールなどで上映されたようです。

以下の感想では内容に触れますので、ネタバレが嫌な方は読み飛ばしてください。




映画は剃刀を当てる音から始まります。丹念に顔を剃られている男性が、最後にタオルで顔を拭かれて「舒服啊(気持ちいい…)」とつぶやく。そんなシーンから幕を開ける本作は、物静かで、ノスタルジックで、衒いのない美しさに満ちています。

主人公のチンさん(敬大爷)を演じているのは、本物の「剃头匠」である靖奎氏で、登場する近所のホルモン屋なども実在する(した?)ようです。幹線道路は大きな輸入車で渋滞する一方、チンさんがリアカー付き三輪車で往来する「老街」の界隈はまだ昔ながらの狭い胡同が残っています。つけっぱなしのテレビからは北京五輪まで1000日弱のニュース、その沸き立つ声を聞きながらのんびり麻雀を打つ老人たち。話題は亡くなっていく友人のこと、心配な子どもや我が身のこと……。

チンさんはまさしく清廉潔白といった人物で、どんなに物価が高騰しても理髪代はいつも5元(90~100日本円)、子への不満をもらす友人には「彼らの世代も大変なんだよ」とたしなめ、愚痴をこぼす息子にはそっと自らの蓄えを渡すなど、温厚そのものです。同志の訃報に接するたびに、やがて来る自らの死を思い、できるだけ迷惑をかけず、さっぱりとしていなければと決意を新たにし、役人から自分の家を「取り壊し」と認定されても「なあに、自分が生きているうちはありえないよ」と嘯く一方で、身分証の更新で「20年有効」の新しいIDカードを受け取ってしまうところなどに、おかしみがあります。

北京市郊外に住む子世代の生活(潔癖なくらいにきれいな家に住み、フォルクスワーゲンに乗る)とチンさん達の胡同の対比もよくできていたと思います。それから、ご覧になった方で上記の「息子に自らの蓄えを渡す」シーンで、息子がろくに礼も言わずにチンさんの元を去ったところに違和感を感じた方も少なくないかもしれません。中国だと、家族や親しい間柄では、あまり感謝のあいさつはしないんですよね。本作中でも、殊更に「ありがとう」「すまないね」とチンさんが何度も声をかけていたのは、自分の肖像画を描いてくれた「友人の孫」の美術学生という、少し遠い間柄の人物くらいです。



ネタバレ終わり。

くすっとするシーンあり、しみじみと美しい場面もあり、とても引き算が美しい映画だなあと思いました。
監督はハスチョロー(中国語表記:哈斯朝鲁)。珍しい名だなと思いましたが、蒙古族なんですね。百度百科によると、ハスは「玉」、チョローは「石」を、それぞれモンゴル語で表すそうです。モンゴルでは父親の名を自らの姓にするそうなので、どちらかが彼自身のファーストネームなのでしょう。

ちなみに、主演の靖奎氏は今でももしかしてご存命なのかしら、と調べてみたところ、2014年11月付で訃報を伝えるニュース記事がありました。
101岁“剃头匠”靖奎离世_北京新闻·城事_新京报电子报
享年101歳、前月の下旬から肺炎で入院されていたとのこと。入院中も自分の子どもたち(実際は3男3女をもうけていた)の電話番号をそらで言えたりとしっかりされていたそうです。
記事によると、2007年からは近隣友人の逝去や自身の体力の低下のために、出張の散髪はせずに、もっぱら来た人に施術していたとのこと。映画のヒットのおかげで、テレビに取り上げられたり、国内外から会いに来る人がいたりと、ちょっとした有名人になっていたようですね。

映画の原題は「剃头匠」ですが、剃头刮脸といえば、昔ながらの理髪と顔そりをセットで行う、今の日本の理容店でおこなう施術を指すようです。現代中国では「理发(理髪)」ばかりを目にします。中国語の理には「いじる、かまう」の意味があるので、ヘアセットとかパーマとか、オプション的なことを元々指したのかもしれません(あくまで個人の印象で、未検証です)。

中国語のセリフについての解説等はこちらのサイトに面白いものがあります(ネタバレもあります)。
胡同の理髪師(剃头匠)_人民中国
このサイトにもあるように、劇中で話される北京語は、「老北京(生粋の北京っ子)」特有の、語尾のr化、nとngの顕著な区別などがたくさん味わえます。私は上海よりの地域に住んでいて、テレビもほとんど見なかったので、とても耳新しく、面白く聴きました。

この映画、DVDも出ているようですが、大きな声では言えませんがYouTubeで全編見れることを発見してしまいました。(ただし、英語と中文の字幕のみ)

The Old Barber 剃头匠 HD国语中字1280高清

これだけでも雰囲気は十分味わえるかと思います。
福岡市の総合図書館でも今月あと一度上映があるようなので、お住まいの方はぜひぜひ(料金は大人500円です)。

胡同の理髪師 [DVD]

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胡同物語(フートン) 消えゆく北京の街角

胡同物語(フートン) 消えゆく北京の街角