つのへび日記

こなやぎのブログです。手仕事、語学、短歌、読書や映画など。

変わっていくことのたのしさについて

数学者、石井志保子さんのインタビューを先日読んだ。

dot.asahi.com

とても面白かったので上記リンクからぜひ全文読んで頂きたいが、私が特に感銘を受けたのがこの部分。

大学院では代数幾何ばかりやっていました。なんか自分自身が変わっていくのが面白かった。下宿先で朝起きてご飯を食べて研究し始め、それで夜にお風呂の中で朝起きたときの自分と違っているような気がしました。

自身が変容すること、それを感じることの喜びやたのしさ。
何かを学ぶ人から、他人がどうやっても奪えないものがあるとすればこれだと思う。

pha.hateblo.jp

年末年始期間中にphaさんのブログで『エロティック×アナボリック』を知って、今まで出ている3巻を買って読んでまんまと影響を受けて、食事のPFCバランスを考えながら筋トレに励みはじめて3週間になろうとしている。

まず、食事のPFCバランスを考えるにあたっては、あすけんの有料プランのひとつである「あす筋ボディメイクコース」に1ヶ月だけ加入した。
1ヶ月という期限を決めたのは、あくまで自分にとっての「無理なく持続可能な3食」を探すことが目的で、あすけんを続けることそれ自体を目的にしないためだ。
「無理なく持続可能な」というのは、金銭的にも、ライフサイクル的にもという意味で、冷凍食品、加工食品、中食などの積極的な活用をいとわない、ということを意味する。
それを見つけたら、あとはただ実行するだけだ。
(固まりつつあるので、いずれ近いうちこれについても詳しく書きたい)

次に筋トレである。
年単位でずっとやってはいたのだが、昨年11月、新型コロナに罹患する少し前からサボり気味になっていたため、社会復帰する頃にはすっかり体がなまってたるんでしまった。
今は週5くらいであちこち部位を変えながらトレーニングをしていて、それに加え、ウォーキングをするなどして週の半分くらいは8000歩以上歩く日を作っている。

中断する前の半年間ほどは、Youtubeなどでの筋トレを手ぬるく感じるようになって『プリズナー・トレーニング』を元にスケジュールを組んで黙々と回数・セット数をこなすメニューを続けていたが、今はその日の気分で動画も観るし、特にこれと決めてはいない。
その代わり、やった内容や量(時間・回数)などは毎日記録するようにして、「胸、背中、お尻、腹筋など毎日部位を変えて鍛えること」「負荷を上げていくこと」の2点には気を付けている。
以前は楽にできていた5分動画などで苦しんでいると失ったもの(筋肉)の大きさを感じるが、みずから手放したものは自力で獲得しなおすしかないのだ。

そのようにして日々を過ごしていくと、自分が変わっていくのが文字通り目に見えて分かる。
お尻が大きく丸くなる。背中が引き締まってくる。腹筋がうっすら割れてくる。大胸筋が張り出してくる。
他の人の目からは確認できないような、見えない部位の微細な変化でも、私がちゃんと知っている。

courrier.jp

Duolingoという語学学習アプリも10年弱ずっとやっていて、ここ1年ほどは『ペリーヌ物語』の影響でフランス語をやっている。
上の記事中にも紹介されている「Match madness」という単語合わせゲームがアプリ内にあって、レベルが進むにつれて制限時間内にマッチさせる単語のペアが増えて行く。
最終レベルであるLv.9は制限時間1:45で160組の英仏単語ペアを完成させねばならず、どうしてもこの最後のレベルだけが長らくクリアできなかった。

しかし、毎週取り組むうちに、ついにクリアできたのだ。
そしていちどクリアできると、何回かに1回はかならず成功するようになった。
(まだお手付きが多くて、毎回とは言えないのが口惜しいところだが)

そのようにして、他ならない自分自身が変わることを私は楽しんでいるし、変わり続けることを望んでいる。
だけどそれは「成長」とか「上昇」を望むこととは必ずしも一致しない。
ただ変わっていくこと。
それを認め、楽しめればそれだけでよくて、それ以上のものは人から求められる義理も、他人に求める筋合いもないのだろう。
そんな気持ちで2023年を過ごしていきたいと思う。

特別お題「2023年にやりたいこと

W杯・カタール・『砂丘律』(2022/12/2日記)

いずれきちんと整理してまとめてから、ここにも書こうと思っているのだけど、先月下旬に新型コロナウイルスのいわゆる第8波というビッグウェーブにしっかり乗ってしまった。

特定の日に出勤していた同じ課の内勤メンバーも、ほぼ同時期に軒並み発熱や陽性判定を受けた。
自分の部署に限って言えば、単発的な罹患者(子どもの学校からの感染や家族間など)はこれまでにもちらほら出ていたけど、そこから社内への感染が広がるということは今までなく、こんなふうに複数の人数が同時に感染するのは初めてのことだった。
マスク着用、パーテーション、空気清浄機、デスクでの個食など、我々がこの3年弱のあいだ講じてきた対策も、今の変異株の前には無力なのだな……と思い知らされた。

むろん、一旦持ち込まれたウイルスに対して無力だったとはいえ、無意味だとは思っていないので、感染予防行動はこれまで通りおこなっていくつもりではある。
ただ、「やっぱりなる時にはなるんだなー」というのが正直な感想だ。

自宅療養の解除については、原則として下記のとおりとしています。

<有症状者>

 発症日から7日間経過し、かつ、症状軽快後24時間経過した場合には、8日目から解除されます。

 ただし、10日間が経過するまでは、検温などご自身による健康状態の確認や、リスクの高い場所の利用や会食等を避けること、マスクを着用することなど感染対策の徹底をお願いします。
(「自宅療養をされる皆様へ - 福岡県庁ホームページ」より)

上記にのっとり、一週間の療養/在宅勤務期間を経て出社を再開してからも、なるべく社会生活を最小限に抑えて会社と家の往復だけで月末・月初の週を過ごした。

とっくに平熱に戻り、仕事に差し支えない体調になり、10日間を過ぎてもなお、喉の違和感や咳はしつこく残るので、私を含め、オフィスには常に誰かしらの咳込み、咳払いの音がしている。
外食もせずまっすぐ帰る。
帰ったら、何をする気にもなれず最低限の家事の他は無為に時間を過ごす。
仕事をするためだけに生きている、仕事をするためだけに治癒した、そんな心持ち。
当然、気が滅入る。くさくさする。

……というような心境を先輩に吐露したら、「なんでよ~、おうち時間満喫したらいいやん。面白かった本明日持っていくよ☺」と屈託なく励まされた。
そして本当に、次の日に本を貸してくれた。

ありがたく借りたけれど、おそらくすぐには読み終われない。
読むのは速い方だけれど、本のページを開く気力がいつ起こるか確約できないのが正直なところだ。
だから、自分も何かお返しに本を貸すことにした。
私が本を貸したところで、私が本を読み始めたくなるかどうかはまた別の話だし、かえって早々と自分の本を読み終わって返却されるとそれはそれで何もしないより気まずいかもしれなかったが、こちらも何かアクションを起こすことがその時は大事な気がしたし、その行動が私の読書へのトリガーとして機能するかもしれない、とも思った。

とはいえ、最近はほぼ電子書籍で読んでいるので、貸せる本は少ない。
国内フィクション読みの彼女なので、自身では手に取らなさそうなものがいいと思い、本棚を見て『千種創一歌集 砂丘律』にした。

アラビアに雪降らぬゆえただ一語 ثلج (サルジュ)と呼ばれる雪も氷も

この一首がダントツに有名で、私もこの短歌をきっかけに本書を購入したのだけれど、以下の歌も気に入っている。

舟が寄り添ったときだけ桟橋は橋だから君、今しかないよ

鯉がみな口をこちらに向けていて僕も一種の筒なんだろう

虐殺を件で数えるさみしさにあんなに月は欠けていたっけ

自爆テロ百人死亡】新聞に相も変わらず焼き芋くるむ

広辞苑第三版の中にいて闘いやめぬアラファト議長(1929〜)

朝、出勤してきた先輩に「お返しの本、持ってきました。あんまりご自分だと読まれなさそうなものにしようと思って、中東在住の方の現代歌集なんですけど」と渡すと、ちょうど気持ちがカタールに飛んで行ってるとこだから嬉しい、ありがとうと笑われて、出勤間際にネットのニュースで見た「日本代表、スペインに勝利」の見出しを思い出す。*1

思いがけなく「時流に乗った選書をする人」になってしまって気恥ずかしかったが、周りに『砂丘律』を布教したいという方は、カタールW杯が開催中の今は好機かもしれない。
最近ちくま文庫に収録されて、手に取りやすくなっている。

読書という行為はそれ自体ほうっておいても個人的な営みであるので、個人所有のタブレットに囲っているとますます「閉じて」しまう。
個人的な営みである読書に社交を絡めるなど不純である、という向きも否定はしないが、私のような内向的な人間は、むしろ最低限の社会性を確保するために「人に貸す可能性がゼロではない本」は紙で所有する、というのを意識的におこなってもいいかもしれないな、と思った。

*1:開幕前はあんなに楽しみにしていたW杯カタール大会なのに、ドイツ戦はコロナの症状が一番大変なときで、マンションのよそのフロアから漏れ聞こえる歓声を聞きながら寝込んでいたし、後半から観たコスタリカ戦は残念だったし、スペイン戦は日付を一日勘違いしていて完全に乗り遅れてしまった。モチベーションが下がってしまったので、これを書いている今もまだダイジェストすら観ていない。

原書で読む『くまのパディントン』シリーズ(ほぼ)全レビュー

今も「出来る」とは言いがたいが、まだあんまり英語が出来なかった頃、リーディング力を鍛えるために選んだ教材が『くまのパディントン』シリーズだった。
その頃はまだ洋書コーナーが充実していた天神の丸善ジュンク堂書店で、一度に2~3冊ずつ購入し、1年くらいかけて『パディントン』シリーズをほぼ全部読んだ。

「ほぼ」というのは、同著者によるパディントンの名を冠する本は数多くあり(それこそ『パディントンと行くロンドン』的なガイド本まで)、それらすべてを追っているわけではないから。
挿絵がPeggy Fortnumによるシリーズ本編および、後継のA.W.Alley挿画による総集編的なものを1冊読んだ。

リーディング教材に「パディントン」を選んだ理由

英語読めねえなあ、と思いながら読んでいた行方昭夫『英文快読術』に紹介されていたことがきっかけ。

本文の短い引用とともに、「英米の子供が読めるのだからやさしい英語だろうとなめてかかると、背負い投げをくわされるかもしれない」とコメントがあり、じゃあ『パディントン』を読めればネイティブの児童並みの読解力が付くのか? と軽い気持ちで最初の1冊を買ってみた。
洋販の販促帯だかで、読者対象を確か「TOEIC460点以上」としていて(うろ覚え)、その時700くらいはあった自分は、楽勝じゃんと思った記憶がある。

ちなみに有名な話ではあるが、その手の販促帯の参考TOEICスコアは本当に参考にならないので注意。
個人的な感覚では、使われている語彙も表現も、クリスティの『オリエント急行の殺人(Murder on the Orient Express)』の方がずっと易しいと感じた。

全11+1冊レビュー

邦訳が出ているタイトルについては、対応する福音館書店版の邦題も付した。
あらすじ引用も、福音館書店のWebサイトより。
そちらもやや大時代ではあるが味わい深い翻訳なので、ぜひあわせて楽しんでほしい。

A Bear Called Paddingtonくまのパディントン

ブラウン夫妻が初めてパディントンに会ったのは、パディントン駅のプラットホームでした。だから、クマには珍しい「パディントン」という名前が付けられました。暗黒の地ペルーから、1人で移民してきて、身寄りもなく駅の隅に佇んでいましたが、親切なブラウン夫妻にひきとられ、縦横無尽に活躍します。一度読み始めたらやめられない、おかしなおかしなクマのパディントンのお話の第1作目です。

記念すべき人生初の『パディントン』。ふつうに難しくてびっくりした。
倒置文もたびたび出てくるし、意味自体は易しいのに受験英語の上級単語帳にもないマイナー単語も多数、中には英国語彙ゆえに馴染みがないものもあったりと、かなり勉強になった。
こんな名詞知らん、と思って調べたら「(動物の)ひげ」だったりして(whiskers)脱力したのもいい思い出。
ネイティブの子どもが当たり前に知っていて、非母語話者に馴染みのない語というのがいかに多いかを確認するような読書だった。

しかし何より良かったのは、英語の勉強どうこう以前に物語がとても面白く、それ自体に推進力があるということだった。
パディントンのふるまいが一々可愛く周りの人間の切り返しも楽しく、「簡単な内容の本を嫌々勉強のために」という不毛な読書にならなかった。

More About Paddingtonパディントンのクリスマス)

ブラウンさん一家と共に過ごすパディントン。様々な大騒動を巻き起こしつつ、季節は夏から秋、そして冬へ向かいます。初めて雪を見たパディントンは大喜びですが、風邪をひいてしまい、介抱してもらいます。やがて一大行事のクリスマスを目前に準備にかかるブラウンさん一家。パディントンもバークリッジ(百貨店)に買い物へ同行するも、相変わらず騒動の渦中に……。パディントンが過ごした幸せなクリスマスのお話です。

相変わらず辞書や検索は必要で、文脈で判別した語も多かったものの、一冊目よりは楽に読めた。
ガイフォークスナイトをはじめ、(当時の)イギリス文化のカタログとしても面白い。
ロンドンに来たばかりの時に彼が初めて行った百貨店Barkridgesは恐らくSelfridgesが元ネタなので、今回の老舗百貨店はF&Mかな、などと元ネタ探しも楽しい。
パ氏は話し方こそルーシーおばさん仕込みの慇懃なロンドン英語を身に着けているものの、綴り方は苦手で自分の名をPadingtunと書いてしまったりもする。
本シリーズの対象読者は8~12歳とあるので、読者はパ氏に自身を投影させながら成長していくのかもしれない。

Paddington Helps Out(パディントンの一周年記念)

好奇心あふれるくまのパディントンが、必ず巻き起こす大騒動は、ピクニック、日曜大工、映画館でも相変わらず。そんな憎めないパディントンがブラウン家に来て暮らすようになってから1年とちょっとたちました。ブラウン家の一同は誕生日と1周年記念を合わせてお祝いしようと計画を立て、高級レストラン「ポーチェスター」でパーティーをすることになりましたが……。もちろんお約束の抱腹絶倒の大騒動が始まります。

友人で古道具屋店主のGruber氏に連れられてオークションへ参加し、次章ではうっかり競り落とした大工道具でDIYに挑戦するところが面白かった。
オークション特有の符牒みたいなものをこの章で何となく知ったが、ネイティブの子どももこういう場面から「大人の世界」を少しずつ知っていくのかもしれない。

ドジでも真心を評価されたり棚ぼたで何とかなるパ氏と対照的に、前作から登場の隣人Curry氏は非常に徳のない人物で何かと被害を受ける役回りなのだが、今回は彼にも怪我の功名的なラッキーが起こったのは良かったなと思った。

Paddington Abroad(パディントン フランスへ)

ブラウンさん一家が夏休みにフランス旅行をする計画を立てた時から、お決まりの大騒動が持ち上がります。まずは銀行へ行ったパディントンが、警察や消防まで巻き込んであわや逮捕の寸前。空港ではパスポートでひっかかり、国際スパイグマ疑惑をかけられる珍道中の末、やっとフランスに。現地でも次から次へと騒動の連続……。ついには自転車レースのツールドフランスパディントンが登場!

ブラウンさん一家がいつものロンドンのおうちを飛び出し、フランスでバカンスを楽しむ回。
最後にはとうとうツール・ド・フランスにパ氏が参戦してしまうという旅の本編も面白いけれど、旅行前の準備の場面の、ウキウキとばたばたが同居する幸せな空気感が最高に良かった。
家族は顔を合わせると仏語で“excuse me”を言い合い、バードさんはパ氏のために迷子札を手作りする。
最高級の革で出来ているそれには、ブラウン家の住所にくわえ数種類の言語で「見つけた方には謝礼を(Finder will be rewarded)」との文言が。

パディントンは密航グマではないのか?海外旅行大丈夫?という謎が解ける回でもある。

Paddington At Large(パディントンとテレビ)

ブラウン家で暮らす、くまのパディントンはそそっかしくて好奇心旺盛。ちょっと思いこみが強くて融通がきかないために巻き起こる騒動の数々……。それでもブラウン家の人たちも、近所の人々も、なぜかみんなパディントンを好きになっていく。そんな愛すべきくまのお話。今回はテレビのクイズ番組に出演したパディントン。アナウンサーと抱腹絶倒の珍問答を交わしたあげく、みごとに賞金を獲得します。賞金の使い道とは……。

ブラウン家に初めてテレビがやって来た回、と言えば本シリーズがかなりのロングセラーであることが分かるとおもう。

安売りの種のミックスを買って園芸を始めてみたらgreen thumbsならぬ”green paws”の持ち主だと判明したり、お巡りさんに追われたかと思うと警察署へ助けを求めたり、救急車で病院に運ばれたりと今回もドタバタ劇が展開。
これまで分かる通り、パ氏がなんかやらかすことが物語の起点になるというのがお決まりのパターンなので、ドジっ子ヒロイン的な要素にイライラする人にはたぶん向いてないかもしれない。(私は「まあ子グマだからな……」で許せるタイプ)

時期を前後して『帳簿の世界史』を読んでいたため、パ氏が自分の帳簿を付けている(しかも複式)と判明してかなり興奮した。

Paddington Marches On(パディントンの煙突掃除)

ブラウン家で暮らす、くまのパディントンはそそっかしくて好奇心旺盛。ちょっと思いこみが強くて融通がきかないために巻き起こる騒動の数々……。それでもなぜかみんなパディントンを好きになっていく。そんな愛すべきくまのお話。今回も煙突掃除に、バス旅行に、クリケットの対抗試合に、大活躍。そしてペルーのおばさんの100歳のお祝いに、生まれ故郷のペルーへ旅行に出かけることになりました。その見送りパーティーで……。

大寒波のロンドンから始まり、グルーバーさんとのプチ観光、英国紳士の嗜みクリケットに挑戦(これが好プレー連発というご都合主義!笑)など。
Peggy Fortnum氏によるラフでユルい挿し絵が私は好きで、本シリーズの魅力はこれによるところが大きいと信じているのだが、本作ではフードにマフラーの極寒コーデ、煙突掃除の煤まみれ姿、クリケット装備などいつも以上に可愛いパ氏のコスプレ(?)を堪能できる。

最後はブラウンさん達のパディントンへの愛情に涙。
うちに来てどのくらいになると思う?と訊かれてI don't know, it feels like always.と答えるパ氏がいとおしい。

Paddington at Work(パディントン妙技公開)

ブラウン家で暮らす、くまのパディントンはそそっかしくて好奇心旺盛。ちょっと思いこみが強くて融通がきかないために巻き起こる騒動の数々……。それでもなぜかみんなパディントンを好きになっていくそんな愛すべきくまのお話。今回は、ペルーからの帰国の船旅にはじまり、なつかしいブラウン一家のもとにもどったパディントンが、前にもましての大活躍。株でご難にあったり、床屋になったり、バレエも踊ります!

前作終わりでペルーへ帰ることになり、皆に送り出してもらったパ氏。
いよいよルーシーおばさん登場かと期待したものの、本作は帰途の洋上から始まる。

パ氏には「11時のおやつ」をともにするグルーバーさんという友人がいるのだが、彼の営む骨董店に入り浸るうちにいつのまにかパ氏がアンティークの審美眼を身に付けていたのには笑った。
ところで、現代の私たちには「爆買い観光客」というと2010年代中頃あたりの中国人のイメージが強いかと思うが、このシリーズにしばしば爆買い観光客のアイコンとして米国人が出てくるのは興味深い。

Paddington Goes to Town(パディントン 街へ行く)

パディントンは、一度もクリスマスの飾りつけを見たことがありません。ある夜、ブラウン一家みんなで、街に繰り出すことにしました。車中、交通渋滞だったので、みんなでにぎやかなロンドン通りを歩きはじめました。頭上に吊り下げられた何百万という星のように輝くライトを見上げる人でごった返しています。すると、パディントンの身に、またもやひと騒動がふりかかりますが……。

さすがにマンネリ気味か、そろそろやめるかと思うものの、読んでると面白くてまた次を読みたくなる不思議。
病院での、精神科医とのコントみたいなやりとりはバスの中で読んでて笑いを堪えるのが大変だった。
Baked Alaskaや炉端で売っている焼き栗など、食べ物が美味しそうな場面が多い回でもある。
有能な家政婦バードさんのツンデレぶりも楽しめる。

Paddington Takes the Airパディントンのラストダンス)

そそっかしくて好奇心旺盛な人気者のクマ、パディントン。ミシンでズボンを直せば見るも無残な結果に。馬術競技で馬に乗れば後ろ向き。フェスティバル会場では、いつのまにか筋肉隆々男と対決することに……。はりきって出かけた舞踏会でも失敗ばかりですが、最後はたくさん練習した社交ダンスを踊り、拍手喝采を浴びます。

お手製のeverlasting toffee(なめてもなめてもなくならないトフィー)が原因で歯医者へ行く話に笑い、ミシンでお直しに挑戦する回ではダッフルコートのポケットに穴が空いて…という物語の発端に流れた年月を思い(そして毎回犠牲になるカリー氏の持ち物…)、最後はダンスパーティに招かれたりと、本作でも英国文化とその語彙を堪能できた。
クラシックカーや乗馬の回などはニッチな単語ばかりになるので、結構わからない語が多かった。

Paddington on Top(パディントンの大切な家族)

シリーズも10巻目を迎え、ますます目が離せないパディントン・ワールド。初めて学校に行ったパディントン、先生の出した問題にはりきって手を挙げたのはいいけれど、飛び出す答えはパディントン流。はたまた、ひょんなことから法廷の証言台に?! 水上スキーで宙を舞ったかと思えば、ラグビーの珍プレーでチームを救うなど、スポーツでも大活躍します。そして、いよいよペルーに住むルーシーおばさんの登場で、物語はクライマックスへ……。

遂に、遂にDarkest Peruからルーシーおばさんがやってきた!の回。
教養深くて意思が固くて情に厚い彼女は去り際もかっこよく、バードさんの次に好きなキャラになった。
消費者相談ぽい回もあり、雑誌の広告って昔からこんななのか、と失笑したが、当時そういうものが社会問題になり始めていたのかもしれない。

中流階級ブラウンさん一家の「金持ち喧嘩せず」的なおっとり感は本当に心地よい。
例えばルーシーおばさんの帰国後、彼女にもっと色々聞きたいことがあった、とパディントンの出自やペルーのクマの生態などについて詮索したがるジュディたちをバードさんが窘めて言う「Don't you think that in this world it's rather nice to have some things left unanswered?(世の中にはわからないままのことがあってもいいのじゃないかしら)」とか、そういうところ。

Paddington Takes the Test

福音館版の邦訳は上記の10冊のみなので、こちらは未邦訳(ちゃんと探したわけではないが、たぶん)。
タイトルの「パディントン、テストを受ける」は冒頭のエピソードである、運転免許試験場で実地テストを受ける場面を指している。
この回のように、パディントンが何の関係もないところからひょんな誤解でトラブルに巻き込まれるさまは落語の三題噺みたいで、そうくるか!と毎回にやにやしてしまう。

パ氏にお手伝いを頼んでは不運を一身に受けるケチのカリーさんは、今までで一番の生命の危機にさらされていた。
本作からは、パ氏のお小遣いが物価上昇に見合わなくなっているということでめでたく昇給。
そういうところがさすが長期シリーズだなあと感心したが、もしかしたら読者から指摘があったのかもしれない。

Love from Paddington

シリーズ全エピソードからいくつかを抜粋し、パディントン(代筆:ジュディ)と時々ルーシーおばさんによる書簡体でそれらを語りなおしたという趣向の、総集編的な1冊。
最後2篇で取り上げられたエピソードは上記までの11冊に含まれないため知らなかったが、面白く読んだ。

本作はすでに挿絵画家がバトンタッチしていて、こちらの絵もファンシーでザ・児童絵本って感じでかわいい。
でも私はやっぱりPeggy Fortnumさんの描くラフな挿し絵が味わいぶかく、吹き出すようなおかしみもあって好きだ。

最近ブロックメモのグッズを見つけて、かわいくて買ってしまった。

メモ用紙の絵柄は全部で4種類

おまけ:実写映画版も(1作目だけ)観た

filmarks.com

原作ガチオタらしい気持ちの悪いレビューを書いているけれども、総合的には好きだ。
特に原作にないスチームパンク的な雰囲気が良くて、2010年台に「古くて新しい」物語を実写映画にすることの創意工夫を感じた。
2も気が向いたら見てみたい。

おわりに

前からずっと書きたかったトピックではあったけど、当時の感想をベースに書いたので、今読めばまた違った発見があるのかもしれない。
また1年くらいかけてゆっくり2周目を読むのもよさそう。
とりあえず来年の目標のひとつに入れておく。

2021年読んでよかった本7冊

去年読んだ本のまとめとランキングを読書メーターで作った。
その中でも特に良かった7冊について書く。
目次はこちら。

タイトル直後の引用部分は、250文字程度の内容紹介と感想(読書メーターへの投稿と同じもの)。

1.『となりの億万長者』

イメージとしてのお金持ちと本当のお金持ちって違うんじゃ?というところから「億万長者」の研究を始めた著者たちの成果をまとめたベストセラー、らしいのだが、人から勧められるまで寡聞にして知らなかった。3〜6章だけでも◎とのことだったけど、面白くて順番を前後しながらも結局全部読んでしまった。計算式によると私はまごうことなき蓄財劣等生。ステイタスシンボルにお金を使うな、easy come, easy goはやめろっていうのが身につまされる。ドクターノースの「王様のルール」は自分も大書したいくらい。続編も気になる。

少し古い本だけど、お金についての攻守でいうと「守」の部分で学ぶところがとても多い本。
この本によると、年齢×税引き前年収×0.2が蓄財優等生かどうかのボーダーとのこと。とりあえずその半分から目指すぞ…!

本書には「金持ち父さん貧乏父さん」的に、ドクターノース、ドクターサウスという2人の人物を例にひいた蓄財優等生/劣等生の典型的な生活スタイルが紹介されていて、上記中の「王様のルール」はドクターノースが自分の娘に掲げさせているもの。

  • 強い子になれ。人生にはバラの花園が待ち受けているとは限らない。
  • 「私ってかわいそう」と言ってはいけない。自分を哀れな人間と思うな。
  • 靴のかかとを踏んで履かないこと。粗末に扱って、新しいものを欲しがってはいけない。ものを大切にしなさい。
  • ドアをきちんと閉める。家族のお金を無駄にしないこと。
  • ものを使ったら元へ戻すこと。
  • いつも明るく。
  • 助けを必要とする人には、すすんで手をさしのべること。

その他に印象に残った箇所。

人は、食べ物や飲み物の嗜好、スーツや時計など身につけるもの、車などで相手を判断するきらいがある。優秀な人は洗練された好みを身につけていると決めてかかっている。しかし、金を貯めて金持ちになるよりも、ものを買う方がずっと簡単だ。
(第2章)

経済的にしっかりした基盤を持とうと考えているなら、きっと実現できる。
だが、よい暮らしをするためにお金が欲しいと思っているのなら、一生、金は貯まらない。
(第4章)

2.『プリズナートレーニング 圧倒的な強さを手に入れる究極の自重筋トレ』

kn.hatenablog.jp

囚人が監獄で孤独に取り組む筋トレをコンセプトに、限られた設備での自重トレを部位ごとの特に6種目にフォーカスして紹介した本。各種目は10段階のステップに分かれていて、例えば胸筋ならプッシュアップ(腕立て)の立って壁に手をつくものがステップ1で、片腕でのフルプッシュアップがステップ10という感じ。6種目のコンテンツだけならYouTubeやアプリで「Convict Conditioning」で検索すれば把握可能なのだけど、本書の肝はその圧倒的な情報量で、ルーチンの組み立て方やバリエーション紹介など大変有用。

筋肥大目的、ルッキズム至上主義のマシンによる筋トレを断罪し、機能性に優れた本当の強い筋肉を自重トレーニングで培おうという大変硬派な書。表紙からしてちょっとネタっぽいのだけど(著者が元囚人でキャリステニクスの継承者みたいなコンセプト含め)、中身はうってかわって本当に実用的だし示唆に富んでいる。
紹介されているメイン6種目(本書でいう「ビッグ6」)のうち2種目(ブリッジとハンドスタンドプッシュアップ)は上級者向けなので、他の4種目(プッシュアップ・スクワット・プルアップ・レッグレイズ)に取り組んでいるところ。プルアップのほとんどのステップにはぶら下がるためのバーが必須なのだけど(レッグレイズの後半のステップにも)、章末に紹介されていたバリエーションのうち、器具不要で広背筋を鍛えられるものを見つけたので、家ではそれをやっている。
引用したい箇所は多いけど、いま手元にないのでそのうち追記したい。貸していた本が戻ってきたので、お気に入りの箇所を一部引用して追記する。(2022/1/10)

お金に支配されたほかの世界と同じように、これが”欠かせない”というイメージにだまされてはいけない。それはペテンだ。筋力と健康の頂点に達するために必要とするのは、これらの製品(引用者註:ジムの会員証、シューズ、ウェア、サプリ等)やその他もろもろではない。
あなたの体、正しい知識、そして確固たる決意。これだけあればいい。(CHAPTER 3 監獄アスリートのマニフェスト

「できるだけ難易度の高いトレーニングから始めたい」。ほとんどの男はそう考える。確かにハードトレーニングは大切だが、その欲求に耐えることも大切だ。
(略)シリーズの最初のほうのステップは、だれもができる容易な内容でもある。しかし、長期的に見ると、ステップ1から始めることが大きなメリットをもたらす。関節を強化し、筋肉間の協働力を高め、体に、バランスの取り方、タイミングの測り方、リズムのつけ方を教えるからだ。よりハードなエクササイズへのモチベーションも醸成する。

キャリステニクスを通じて培う本物の強さは、ティーンエイジャーが熱に浮かれたようにダンベルを挙げて求めるものとは訳が違う。これからの人生に大きな恩恵をもたらすものだからだ。つまり、基本的で簡単なエクササイズの習得に数週間費やしたとしても、それは、わずかな時間でしかない。(CHAPTER 11 体を鍛える時の知恵)

3.『観察力を磨く 名画読解』

弁護士で美術史家というユニークな肩書を持つ著者がこれまで多数おこなってきた、アート鑑賞から観察力を上げるセミナーのエッセンスをまとめた書。セミナー受講者の中には警官や捜査官、医師や医学生など観察力の欠落が命取りになる職業も。フルカラーで課題演習がたくさんあるので、受講者のような気分で読み進められる。バイアスに囚われず、主観をまじえず、ただ目に映るものを正確に受容する力、そしてそれを詳しく描写する力は鍛えて伸びるものなんだということが実証的に書かれていてとても面白かった。ぜひ仕事に活かしたい。

2020年に読んだ『独学大全』で紹介されていて興味を惹かれて買った本。カラー図版多数というのもあって安価ではなかったけど、本当に面白く、読んでよかった。

発見とは、みんなと同じものを見て、誰も考えなかったことを考えることである。

本書にはアインシュタインのこの言葉が引用されていて、バイアスに囚われずに物事を見る力、欲しい情報を正しく適切に得る力、そして得た情報を適切に処理し伝える力を絵画鑑賞を通じて養おう、というのを旨としている。
例えば、物の見方では三面アプローチ(私は何を知っているか/何を知らないか/何を知らなければならないか)、伝え方ではKISSの法則(Keep It Short and Simple)など、簡潔で覚えやすいものも多く、日常生活にも応用ができそうなことばかりだ。

残念ながら本書を読んだあと美術鑑賞をする機会はいまだ訪れていないのだけど、次に絵を鑑賞する時はじっくり細かいところまで観察し、背景を想像してみようと思うとわくわくする。

4. 『華氏451度』

主人公のファーストネームは、爆薬への点火前に逮捕され後世の人々から自身を象った人形に火を付けられるガイ・フォークスを想起させる。人形のように粛々と「昇火士(ファイアマン)」としての任務をこなす彼はある夜の出会いをきっかけに自らの生活に疑問を持ちはじめるが、クラリス、フェーバー、グレンジャーそれぞれとの出会いや旅立ちはあたかもそれぞれが一冊の本との邂逅や対話のようでぐっとくる。ベイティーが特権的に振りかざす、夥しい引用へのアンチテーゼとしてのグレンジャーの言葉が印象に残った。

kn.hatenablog.jp
ディストピアSFの古典ながら初読書。賢人の生き残りのひとり、グレンジャーの言葉はかけらでも読書家を自称する向きには心に留めておきたいもの。

われわれがただひとつ頭に叩きこんでおかねばならないのは、われわれは決して重要人物などではないということだ。知識をひけらかしてはならない。他人よりすぐれているなどとは思ってはならない。われわれは本のほこりよけのカバーにすぎない、それ以上の意味はないのだからな。

本書の引用符に囲まれた部分について多くの人が出典元を探し、考察サイトも多数存在したというのを巻末の「出典」で見て、オタクムーブ変わらないなーとほのぼのした気持ちになったりもした。しかし1箇所不明なところがあって、著者存命中にもかかわらず本人に聞くのはエチケット違反みたいな空気があったのか、結局そこは謎のまま、といういにしえのオタク良い話も知ることができた。

5. 『脳を鍛えるには運動しかない!最新科学でわかった脳細胞の増やし方』

タイトルの「脳を鍛える」は学力の向上とか、記憶力が良くなるとかの一昔前でいう「脳トレ」だけにとどまらず、脳機能全般を指していて、具体的にはうつ、ホルモンバランスの乱れ(PMS)、老化などへ運動が与えるプラス作用を、豊富なエビデンスとともに紹介している。本書で推奨される有酸素運動の量に怯んでしまう向きにも「やめてしまうよりは、低強度でも続けていたほうがはるかにいい」と優しい。あくまでマイナスの気分を感じない程度の運動を、自発的に楽しく、そしてできれば他人とのつながりを感じられる方法で、というのがポイント。

ずっと読みたかったところ、Kindleセールで見つけて読んだ。
文武両道という言葉があるけれど、本書いわく、「学習と記憶の能力は、祖先たちが食料を見つけるときに頼った運動機能とともに進化したので、脳にしてみれば、体が動かないのであれば、学習する必要はまったくない」ということで、学習の効果を上げるためには体も同時に動かそうね、ということらしい。
ただし、本書の日本語版タイトルにも語られているそうした内容は実は一部の章にすぎず、原書タイトル「SPARK: The Revolutionary New Science of Exercise and Brain」の通り、総合的には運動と脳の働きの関係(学習のみならず、ストレス対処、うつ、依存症やダイエット、PMS認知症など)全般を扱った本である。

著者の本業は精神科医とのことで、うつのメカニズムに関する記述も勉強になった。

そもそも脳の仕事は、つねに回路を接続し直しながら情報を伝達し、それによって人間を環境に適応させ、生き延びさせることである。ところが、うつになると、特定の部位でその適応機能がはたらかなくなる。つまり、細胞レベルで学習が遮断されるのだ。そうなると脳は、自己嫌悪の否定的な堂々巡りに陥り、その穴から脱け出すのに必要な柔軟性も失われる。(第5章)

私は今まで筋トレメインに運動をやっていたけど、本書が勧めていたというのもあって3~4か月前から有酸素運動も始めた。ちなみに「ラットをグループで暮らすものと、1匹だけで暮らすものに分け、それぞれ12日間走らせたところ、仲間がいたラットの方に著しい」効果があったというぼっちには厳しい記述もあるが、1~2ヶ月ほど続けると両者の差はほぼなくなるらしい。理由は不明らしいが、両者とも続けるうちに、運動それ自体に楽しみを見出すからか? と私は見ている。

6. 『いつも「時間がない」あなたに:欠乏の行動経済学

一見タイムマネジメント系のビジネス書を思わせるメインタイトルだが、実際のところはサブタイトルが示すscarcity(希少性/欠乏)にまつわる研究をまとめた書で、欠乏の対象は時間にとどまらずお金(貧困問題)や人間の処理能力にも及ぶ。欠乏は人に「トンネリング」を起こさせ、その集中がプラスに作用することもあるが大概は視野狭窄を引き起こす。「スラック」という予備(遊び)の部分を残すことで、その緩和や解決を試みることができるという話。ダン・アリエリーや名著『最底辺のポートフォリオ』への言及もあり、面白かった。

早川書房Kindleセールで。欠乏を「自分の持っているものが必要と感じるものより少ないこと」と定義づけ、そうした心理状態がもたらす効果を経済や生産性の側面から描いて見せた好著(なのでタイトル詐欺感はちょっと否めない)。
欠乏の負の効果に対処するための概念が「スラック」で、余白や遊びの部分を残しておく方がかえって生産性があがるとのこと。そしてそれを手に入れる方法は「大きいスーツケースを手に入れるか、スーツケースに詰めたいものの数を減らすか、どちらか」ということになる。It’s easier said than done.とはいえそのように心がけてやっていくしかない。
自分のスラックを守ることは心身の健康にも良いはずなので、本書で紹介されている「20-20-20ルール*1」は仕事にも取り入れたいところ。

同時期に同じセールで買った『デジタル・ミニマリスト』も面白かった。

kn.hatenablog.jp

7.『カンマの女王 「ニューヨーカー」校正係のここだけの話』

校正というお仕事の特殊性や特異性はしばしば日本でも話題になるけど、本書は『ニューヨーカー』の叩き上げベテラン校正係の方による、チャーミングで笑えて英語の勉強にもなる楽しいエッセイ。特にノンネイティブにとっては感じようのない母語話者ならではの感覚と、それに引きずられて生じる文法上の間違いの数々は本当に興味深い。原文の言葉遊びやユーモアを極力「ママイキ」にしてくださってる訳の細やかさも、どこまでも行き届いていて素敵。鉛筆について割かれた1章はアナログ文具好きにはたまらないものがある。年初から良い本読めました。

英語における新語の受容のされ方や各辞書への信頼度や使い方などの「あるある」な話も面白く、prescriptivist(規範主義者)、descriptivist(記述主義者)なんていう「ならでは」の語彙も拾えたりして英語学習の幅も広がった1冊。とはいえ、本文中に紹介されているカンマの有無とかカッコの使い方、両者の選び方などはノンネイティブの自分にはまだとても咀嚼できそうにないくらいハイレベルだ。
読後には著者のTEDも視聴したが、本書の雰囲気そのままの明るさや快活なユーモアがあって楽しい。
www.ted.com

おわりに

私は読書メーターで毎年のおすすめランキングを作るたび、この年もいい本が読めたなあとしみじみ思う。
結局のところ、読むか読まざるかというところから含め、
① 自分の持つ可処分時間と労力の限界を知り、
② 本のページを開いて一定程度の時間と知力と視力を捧げることを決め、
③ ②に値する本を選んでいく(値しないと判断した時点で潔く読むのをやめる)
というのを必ず自分軸でおこなうことが肝要だと思っている。そうすれば、〇〇ジャンルは読書にあらず、とか△△を読まざれば読書家にあらず、とか、××さんが勧めていたけど大したことない(あるいは時間/労力/金の無駄だった)、みたいな無責任な言説とは可能なかぎり距離を置くことができる。

いうまでもなく、上記の①②③はニーバーの祈り*2からのアレンジである。

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カート・ヴォネガットスローターハウス5』の挿絵より「ニーバーの祈り」

今年も読書含め、自分がしたかったことすべきだったことがたくさんできたなあと振り返れる年だといい。

*1:電子書籍は本当に目に悪いのか?いくの眼科院長 兼 日本近視学会副理事長 生野恭司先生インタビュー(3ページ目)の3.を参照。

*2:神よ願わくばわたしに変えることのできない物事を受け入れる落ち着きと、変えることのできる物事を変える勇気と、その違いを常に見分ける知恵とをさずけたまえ

2021年に観て面白かった映像コンテンツ10選(アニメ、映画、Youtubeほか)

(最終更新日:2022/8/27)

家で動画を観る習慣のはじまり

2020年の春まではあまり家で動画を観る習慣がなかったのだが、コロナ禍から映画館へ行けなくなり、動画配信サービスを使う頻度が上がった。
ただ、当初は6インチのスマホで観ていたので、あまり集中すると目が疲れる。
「ながら見」でBGMにできるような既知の映画をもう一度再生することが多くなり、新しいコンテンツへは積極的には手を出していなかった。

状況が変わったのが今年の半ばのこと。
AmazonプライムデーセールでFireを購入したのだ。

8インチと小ぶりなのだが、もともとの目的だったKindle読書もはかどるし、手持ちのスマホスタンドに立てかけてもぐらつかない。
その後ノートPCも購入したことで出番は消えるかに思われたが、やっぱり持ち運び出来るというメリットは大きくて、今もなんだかんだ毎日使っている。

ちなみに使っているスマホスタンドはこれ。ハイタイドのシンプルなもの。

「とりあえず観てみる」へのハードルの低下

私はあまり連続視聴するコンテンツを完走できなくて、ドラマでも何でもすぐ途中で放置してしまう。
もしくは振り落とされてしまう。

アニメに関して言えば、たとえ2時間で完結する映画であっても今まで観たことがあるものはかなり少ない。
2020年時点で最後に観たアニメは「響け!ユーフォニアム」かまどマギのどちらかで、それだって日本語コンテンツに飢えていた中国留学時代(2015年頃)に視聴したのだった。
kn.hatenablog.jp

だけどFireを毎日使うようになって、ちょっとそのあたりへのハードルが下がったのか、割とどんなジャンルの動画でも軽率に再生ボタンを押してみることが増えた。
「最後まで読まなくていい権利」は読者の権利10ヶ条*1の一つだが、映像コンテンツにもそれは言える。

私たちにはコンテンツへ手を出す自由もスルーする自由もあるし、いったん手を出したものを放棄する自由もある。
合わなかったからと途中で観るのをやめても、誰にも怒られないし怒られる筋合いもない。
映画を倍速でどうのこうのしたり、あらすじだけ読んで満足するのはけしからんというのにしても、じっさい好きにすればいいのだ。
人の持てる時間をどう使おうが、その人の勝手なのだから。
(告白するが、私も6~7割の作品はプロットを知れば満足してしまうので「作品名 ネタバレ」で検索することがある)

2021年に観て面白かった映像コンテンツ

新作・旧作にかかわらず列挙した。

1.PUIPUIモルカー

Fire購入後、最初に観た連続テレビアニメがこれだった。
1話あたりの時間が短いのでちょっと観てみるか、という気になったのだが、面白かわいさにすっかりハマった。
シロモが不憫かわいい2話と6話、ストーリーが楽しい5話、10話、11話が特にお気に入り。

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2.ゴールデンカムイ

原作マンガにがっつりハマった延長で手を出した(2期まで)。
kn.hatenablog.jp
絵は粗いし、原作の醍醐味である大脱線や大風呂敷がそっくりそのまま楽しめないのは確かに残念ではある。
しかし、極力流れを壊さないように(かつ色々なものに抵触しないように)12話1クールの放送枠に落とし込む技術は相当なものだとおもう。
本作を観てあらためて、週刊連載漫画からTVアニメへというのもアダプテーションの一形態なのだな、と思った。

3.かげきしょうじょ!

アマプラのホーム画面によく出てくるので軽率に観はじめ、一週間ほどで第一期完走。
最初さらさちゃんのことをルフィ型の破天荒天然タイプの主人公なんだと思って、あまり好きになれなかった。
しかし、回を重ねるにつけ明らかになったのは「登場人物たちはみなこの物語の舞台に上がった時点で『選ばれし乙女*2』だということ」だ。
つまり何らかの才能があることは大前提で、なおかつ才能だけあってもだめなのであった。
その厳しさ、熱さに、思わず全員を応援したくなる。

ただし視聴の際は下記の点に留意されたし。


補足すると、ツイート中に「キモオタさん」と書いているのは、作中でステレオタイプなオタク容姿の男性をキラキラ女子(主人公)が直接そのように呼ぶシーンが(ギャグ文脈で)あるからです。

歌劇団がテーマのアニメなのだから、そりゃ全体的な世界観もある程度ルッキズムを肯定してしかるべきなのだろう。
でも、愛ちゃんの幼少期のつらいエピソード(性被害)は悲しいつらい!それと同時に、もさい男性をキモオタと呼んで笑いを取るのはOK!というのはさすがに何なの?と眉をひそめた。もやもや。

原作マンガは結構ストーリーが進んでいそうで、気になってます。二期まだかな!

4.映像研には手を出すな!

これも軽率に観はじめた。そして実は第3話まで観て止まっている。
それは単純に私の経験値が低いからであって、アニメにあまり親しんでこなかった身には情報量があまりに多いので、咀嚼しながら少しずつと思っているのだった。
げんに3話を観たあとで他のアニメを観ると、「ははあ、こうやって作画の省エネをおこなっているのね」と勉強になる。
脳のキャパに余裕があるときに、徐々に続きを観たい。

5.ダンベル何キロ持てる?

元々原作を数巻読んで好きだったので、アマプラのホーム画面で見つけてこれも軽率に。
まず、声がみんなすごく合ってる!本当にイメージ通り。
ひびきちゃんがめちゃ可愛いし、ギャグも原作同等かそれ以上に面白い!
女の子キャラそれぞれの違う魅力が存分に発揮されている。

音楽も全体的に(SE含め)好き。オープニングの曲が特に好き。
こういう「主題歌!!」って感じのテーマソングがあるとアガる。

金カムと並行してくらいのタイミングで観ていたので(比較的)絵がきれいだなーと思っていたけど、「映像研」で説明されていた省略の技法がたくさん使われていて合点がいった。

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原作も面白いし筋トレの知識も増える。けっこう男性向け描写(女性の身体のパーツを性的に強調したり)が多いので、苦手な方は注意。
私はこういう健康的なカラッとしたお色気描写は好きなので、楽しめました。

6.スーパーカブ

これもアマプラで。
普通自動車運転免許すら持ってないしバイクにもカブにも乗る予定は今のところないけど、今まで一度も行ったことのない北関東(舞台は山梨県北杜市)の地理や生活を垣間見れて面白かった。

風景描写がとてもきれいだし、ちょっと非現実的な設定なのもいい。
福岡市内が舞台だとまず成立しないタイプの物語(すぐ地下鉄か西鉄バスに乗っちゃうから)。

北杜市ふるさと納税をちょっと真面目に検討しかけた。
だって金精軒もシャトレーゼも選べるんだもの。

原作はライトノベルのようで、大学生編に続くみたい。二期あるかな~?

7.ひつじが好き

アマプラはわりと動物ドキュメンタリーが充実している。たとえば密着! ネコの一週間 (吹替版)なども、大人が真面目な研究を頑張る系で大好きだが*3、これは日本各地の牧場にいるひつじの生活を追っていて面白かった。

なんとなくひつじ=北海道と思っていたけど、意外と他の地域にもいた。毛刈りのシーンは気持ちよくてずっと見ていられる。
ニッターは高確率でひつじ好きだと思うので、ニッターにもおすすめです。

8.みんなで筋肉体操

アマプラのNHKオンデマンドは全部有料かと思いきやそうでもなくて、これは無料で1シーズン分を視聴できた。
テレビがないので、ようやくTwitterで騒がれていた筋肉体操を把握。

テレビ体操のようなゆるいものかと思っていたら、内容はずっとハードで、しっかり汗をかくかんじ。
好きなフレーズは「浅いスクワットは浅はかなスクワット」「頑張れなくなったら、超頑張ればいいじゃない!」です。

9.ほえる犬は噛まない

これはGYAO!の無料期間中に観たが、今はAmazonでもプライム特典入りしてる。

映画の感想はfilmarksに書いたが、GYAO!はとかく頻繁に広告が入る。
でも実際ぶつ切りにされても面白い映画は面白く楽しめるなってことが、本作の視聴でわかった。
なので時間がないときは小分けに観てもいいやって思えるようになって、映画へのハードルがまたひとつ下がった。
言うほどそれから観てないけど。

10.のがちゃんねる

私がこの一年でもっとも多く視聴した動画コンテンツ。
夜ごはんのあと「今日はどれにしようかな」と選んでその日のコンディションとか忙しさに合わせて決めてやって、プロテイン飲んで、というのがルーティン化しつつある。
未体験の方はとりあえずこの5分のをやってみて、できなかったら2分からやり直し、出来たら他の動画もってやってみるといいと思います。

www.youtube.com

長くなりましたが以上です。

はてなブログ10周年特別お題「好きな◯◯10選

*1:readingmonkey.blog.fc2.com

*2:これをタイトルに冠した第5話は2回観て2回泣いた。と同時に「パッと見平凡キャラ」もしっかり才能があるからここにいるんだよな…「普通の子」が到達できない場所なんだもんな…一体誰に感情移入したらいいんや…と打ちひしがれる思いだった。感情移入、別にする必要はないんだけど。

*3:この本を彷彿とさせるコンセプトだが、もっと大掛かりで科学的捜査なのが笑えて興味深い。

(今さら)パーソナルカラーとか骨格とか

Prime readingに入ってたので読んでみました。

骨格タイプやパーソナルカラーについてはご存じの方もおおぜいいらっしゃるかとは思いますが、ひとことで言うと骨格を3タイプ、肌色を4タイプに分類してそれぞれ似合う服のスタイルや色を提案する、という概念でして(身長が考慮されていないのが新鮮で画期的)、昨今ではかなり市民権を得ている印象(コスメのコピーなんかで「ブルベ/イエベさんにおすすめ!」みたいなコピーもよく見かける)。
これによると、私は骨格ナチュラル、イエベ秋でした。

正直最初は全然好きじゃないスタイルを提案されたのもあって「着たい服くらい好きに着させろや」とか、「基本的に私最高〜かわいい〜!ってアガりやすい自分には不要だったのでは」とか思っていたけど、読み進むうちにそうではなくて、私最高~!ってアガるいつもの自分の服選びにも一定の法則性があって、それが骨格タイプやカラーのアドバイスと矛盾していないことに気づきました。

具体的には、なぜえりぐりの大きく開いたトップスよりかっちり詰まった襟つきやタートルネックを好むのか、なぜ黒よりネイビーを選びがちなのか、なぜ青みピンクのリップが似合わなくてオレンジ系赤リップだとしっくりくるのか、どうして膝上スカートだと濃色タイツをはきたくなるのか、身長を言うと「以外と背低いね!もっと高く見える」と言われがちな理由、などなど、どれもこれも「骨格ナチュラル/イエベ秋だから」で合点が行くように思えたのです。

それと同時に思ったのは、これは着たい服をあきらめさせて型にはめるためのものではなくて、着たい服を着るためにはこういうポイントを押さえると自分に合ったスタイルになるよ!というヒントを与えてくれるものであり、むしろ選択肢を広げてくれるものなんだろうな、ということ。

例えば骨格ナチュラルの私なら、本来であれば身体のラインが出ないゆったりしたリラックススタイルが良いそうなのですが、残念ながらそれは私の好みではなく、好きなのは比較的身体にぴったりしたトラッドな服。
なのでおすすめスタイルそのままは踏襲せず、これは似合わないよ、やるならこうしたらいいよ、というポイントを押さえていきます。七分袖より半袖か長袖、ひざ丈スカートよりミモレ丈、同じベージュでも濃いめ、ピンクならサーモンピンク、など。
あるいは自分がしたいスタイルに合わせて身体を作っていくのもありかもしれません。(骨格ウェーブが似合うボトムスをはくためにはボディラインにメリハリが必要→ウエストを絞ってお尻を鍛えるなど)
また、骨格的に合わないデザインでも合う色を選んで傷を浅くする(全く似合わないとはならない)ということも可能そうです。

いつも同じ色味、同系統のデザインを選びがちな自分にはこういうのも合うんだな!という発見もあって良かったです。高まる冒険心。
夏も終わって秋冬物の準備にとりかかるこの時期、なにも指標がないなかで無数にある選択肢から服を選ぶのもなかなか大変な作業ですが、今年は(いまさらながら)これをヒントにお気に入りを見つけていけたらいいなと思います。

レイ・ブラッドベリ『華氏451度』感想

早川書房が時々開催してくれる電子書籍半額セールでは、それまで気になっていたものをつい色々と買ってしまう。
レイ・ブラッドベリのことは、何となく「タイトルがどれもおしゃれなSF作家」みたいな漠然としたイメージしかなかったが、読書猿氏の『独学大全』で紹介されていた2冊が気になっていて、いずれもセール対象だったため購入した。

…というのが3ヶ月前で、今週ようやく読みはじめることができた。いざ取りかかると、予想よりも長くなかったというのもあり(古典的名作と名高い作品は長篇に違いないという先入観)、2日で「訳者あとがき」までたどり着いてしまった。

短い感想はこちらに書いた。
bookmeter.com

訳者あとがきにもあるが、旧訳でのガイやベイティーの職業は「焚書官」なのだそうだ。新訳では「今や家々は完全に防火仕様となり、そのFiremanという職業は火を付ける人たちをこそ指す」という設定を踏まえて「昇火士」としてある。これなら日本語の消防士と音も似ているので、原文のニュアンスを損なわない。

昇火士ガイの日常は隣家に越してきた少女クラリスによってさざなみ立ち、老学者フェーバーとの友情、上司ベイティーとの対立そして逃亡、グレンジャー率いる「生き残った書物たち」との邂逅、そして終幕まで一気に物語は進む。クラリスもフェーバーも、そしておそらくグレンジャー達さえも、ガイと出会い、役目を果たすとやがて舞台を退場する(だろう)。でも消えてなくなるわけではない。本文より、ガイのことば。

見たものがおれのなかにはいるときには、そいつはまるでおれじゃないが、しばらくたって、はいったものがおれのなかでひとつにまとまると、それはおれになる。

私は、ガイが通過し、またガイを通過する彼らは、みな書物の象徴なのだと解釈した(クラリス=破天荒な新鮮さをもたらす文学。フェーバー=教え諭し、導くバイブル。グレンジャー達=世界を収集し俯瞰する、事典や目録。平凡な読みだとは思うが、一応書いておく)。だが、ベイティーはどうだろうか。

半端に本を読んできた自覚のある人は皆そうなのかもしれないが、『華氏451度』ではベイティーの哀れさがひたすら身につまされる。彼は似非インテリであり、本を引用することで本を征服した気分になる傲慢屋で、フェーバーやグレンジャーになれなかった弱い人間でもある。それゆえ執拗に「持たざるもの」ガイに対して、自らのなけなしの所有物(シェイクスピアをはじめとする古典からの夥しい引用)を武器に攻撃し、ついに反逆にあう。そういう生半可な俗物が権力を握っているというリアルな醜悪さが、この物語の凄味をますます増している。

そしてそうした態度への1つのアンチテーゼもまた、物語のなかで親切にも明確に示されている。書物の守護人のひとりであるグレンジャーのことば。

われわれがただひとつ頭に叩きこんでおかねばならないのは、われわれは決して重要人物などではないということだ。知識をひけらかしてはならない。他人よりすぐれているなどと思ってはならない。われわれは本のほこりよけのカバーにすぎない、それ以上の意味はないのだからな。

思った以上に心の深いところへ迫る物語であり、ジャンル小説という位置付けにくわえ比較的最近の書物にもかかわらず、ここまでmasterpieceのような扱いを受けることの理由がわかった気がする。またこんど、最初から読み返したい。とりあえずは、同時に買ったもう1つのブラッドベリ作品『歌おう、感電するほどの喜びを!』を続けて読もうとおもう。